2013年06月11日

6/10の日記

久々に本の話。

このところずっと音楽がらみのことばかり書いてい
たんだけれども、そのあいだにも相変わらず本は読
んでいて、面白いのは色々あった。

いちいち書くのもなんなので、一冊だけオススメの
本のことを。

読んだ人はたくさんいると思うけれど、ヴァン・ダ
インの『僧正殺人事件』という推理小説。

これは1929年の作品で、古典的名作なんだそうだ。

江戸川乱歩が絶賛したってのを花田清輝が書いてい
たのを読んで、こりゃ読まなきゃなるめえ、と思っ
たわけだ。

マザー・グースの童謡が題材になっているので、知っ
てると、より面白いかもしれない。私はほとんど知ら
ないけれども、それでも充分に面白かった。

読んで絶対にソンがない、って本だ。

推理小説にハマる時は、精神状態があんまりよくない
時、ってのが私のいつものパターンだけれど、今回は
これ以上ハマることはなさそうだ。っていうのは、こ
の作品を越えるようなのは、そうはないだろう、と思
うからで、とにもかくにも、オススメの一冊。

posted by ミヤマ カヨコ at 00:08| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

3/31の日記

文春文庫NHkスペシャル取材班編著『無縁社会』を
読んだ。

TVを観ないので、この番組やその後の特集のことは
全く知らなくて、物凄い反響のあったことも、もち
ろん知らなかった。

読みながら今の社会の現状を知らされて、暗澹たる
気分になった。

番組を観たたくさんの人から、自分も無縁死するか
もしれないという不安の声が、高齢者だけでなく、
若い世代からも届いたという。

これから益々そういう社会になっていくのだろうと
思うと、気分は沈むばかりだ。

が、しかし、だ。

私のような仕事についている人間としては、そういう
ことは、とっくに覚悟のできた話で、仕事がなくな
るだの、家族との縁が切れるだの、ましてや社会的な
居場所がなくなるだの、割り切った上で、ずっと生き
てきている。

誰にも知られずに死に、生きてきたことすら知られず、
当然、無縁死として誰にも遺骨を引き取られず、入る
墓もない、なんてことは考えられないような話じゃな
い。

それを承知の上で、いつ何があっても慌てないような
覚悟をして生きているわけだ。

とにかくだ、現状をありのままに伝えるのは結構だけ
ど、無縁死した人の人生に共感する心理に自分たちが
どっぷり浸ってしまっていて、やたらに不安を掻き立
て、気持ちを暗くさせるだけがジャーナリズムの仕事
じゃないだろ、と言いたい。

posted by ミヤマ カヨコ at 19:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

3/28の日記

杉森久英の直木賞受賞作『天才と狂人の間』を読んだ。

大正時代に20歳で大ベストセラー作家となった島田
清次郎の生涯を描いた伝記小説だ。

島田清次郎という名前を聞いたことがなかった。それ
も当然かもしれない。つまり、学校では習わない作家
であり、当時の文壇からそっぽを向かれていたからだ。
当時の文壇と言えば、芥川龍之介、菊地寛、志賀直哉、
有島武郎、横光利一、などなど、それこそ必ず学校で
習う作家たちが名を連ねていた。

なぜそっぽを向かれたか、という理由は読めばわかる
訳だが、この『天才と狂人の間』というタイトルがそ
れを端的に表していると言ってもいい。

自分を天才と言ってのけ、精神界の帝王であると、
たかだか20歳の若造が言ってのけるのは、若さゆ
えと考えられなくもないけれど、気が狂っていると
も考えられる。実際後に精神障害者として入院する
ことになる。

自分で自分の首を絞めたと言えるけれど、若き天才
と持ち上げた出版社にスポイルされた悲劇の若き才
能とも言える。

若くして「神童」だの「天才」だのと持ち上げられ
て、そのうちに消えて行くというのは、作家だけで
なく、音楽家にも、画家にも少なからずいる。

その過程はひとりひとり違うだろうけれど、いずれ
にしたって、悲劇だ。

全くお呼びでない身には想像できない。

あくまで客観的な描写に拘った杉森久英の文章の力
のせいだろうけれど、なんとも苦い後味が残る作品
だ。

島田清次郎の大ベストセラーは『地上』という長編
小説だけれど、こちらには食指が動かない。


posted by ミヤマ カヨコ at 20:28| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする